保坂新の戯言集

どこかの誰でもないアンポンタンがどこかの誰かである人が作った作品にうだうだ一丁前に評価を下すブログです 話半分に流していただければ幸いですTwitter:@chuhri0703

【ラフノート】月の彼方で逢いましょう

 さてはてお久しぶりです。

先日ブログが紹介されたようで…へえ頭が上がりませんねえ…

とはいえ特段何かを変えるかと言われると変える気は一切ないのであしからず。

今回は月の彼方で逢いましょうです。

これに関してはかなり悩みました。書くべきか、どのように書くか色々考えました。

ただどうしようもなくこの作品が好きです。たとえ賛否にあふれようとも、どうしても言葉にしたい思いがありました。なので今回キーボードを叩いています。

興味のある方はお付き合いを。 

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 0.初めに 

皆さんはtone work'sというブランドをご存じでしょうか?

Keyで有名なVisual Art'sの一部門であり、抜きゲー路線のFrillと同じ開発チームが製作していると思われるブランドです。VA20周年に初恋1/1から始まり、2014年に星織ユメミライ、2016年に銀色、遥か発売し根強い人気を誇り、多くのプレイヤーを虜にしてきました。

このブランドの特長として有名なものは学園編とアフター編の二つの渡る積み重ねの物語という部分です。エロゲにおいてヒロインとの関係性とはかなり重要な要素となっています。名作と呼ばれる作品の多くはこの部分が非常に上手く書くことができているからこそ些細なやり取りでさえ感慨深く、そして時には涙するときもあります。tone work'sはその部分に注力してきたブランドであり、どこまでも平和で普通、だけどかけがえのない日々を重要なテーマとしてこれまで作品を作ってきました。

しかしその要素を重要視するにあたり、とある批判点が存在していることも事実です。それは山なし谷なしという部分です。平和で普通、この言葉を裏返すのなら変化の少ない退屈な日常となります。そしてヒロインの可愛さや思い入れを深めるためにシリアスな描写はかなり薄めとなっている事実もあります。私自身星織ユメミライをマスターピースの一つとして数えながらもこの部分に関しては不満は持っていましたし、tone work'sの弱みでもあると考えていました。

そして今作、月の彼方で逢いましょうというタイトルが発表されました。この作品は初報の時点でこれまでの作品と比較しても異彩を放っていました。参加メンバーには昨年大旋風を巻き起こしたSummer Pocketsでプロデューサーやディレクター、作曲などで参加していたメンバーもいたことから注目を集め、比較的過疎月である6月発売であったことも影響してこの作品だけを購入した人も多いのではないでしょうか?

今回はこの月の彼方で逢いましょうについて語らせていただきます。

 

1.世界観

今作は世界観1つをとっても過去作と大きく変わっています。実は前3作は同一の世界観です(既プレイの方はもちろんご存知でしょうが…)しかしつきかなは発表前のアナウンス通り世界観がそもそも異なり、過去作とのつながりを示すものは存在しません。

今作で大きな軸になってくるものはタイムスリップというギミックです。もしも過去をやり直すことができるのならどうするのか?このテーマに対してメインヒロインである新谷灯華、日紫喜うぐいす、佐倉雨音の3人の物語が展開されます。それぞれ時間を重ねていくうちに生まれた後悔と向き合いどう乗り越えていくか、今作の焦点はこの部分に尽きると言えるでしょう。

今作のもう一つのポイントはそれを取り巻く魅力的なキャラクター達の存在も大きな要素となっています。サブヒロインとしてルートの存在する倉橋聖衣良(正確にはメインヒロインだけど少しルートのカラーが違う上某ルートでの活躍があまりに素晴らしかったので)、岬栞菜、松宮霧子、月ヶ洞きらりの4人は勿論のこと、親友キャラの2人や立ち絵なしのモブキャラを含め日常を彩る魅力的なキャラクター達がいることは大きなポイントでしょう。

また音楽に関してもSummer Pocketsで前線を張った面々が活躍しているうえ、ボーカル曲では業界屈指のメンツが雁首揃えています。正直夢乃ゆきがtone work'sで歌うとは思わなかったのでかなり驚きました。そしてこれらの楽曲を完璧なタイミングでいかにインパクトを残して流すのかという演出に関しても相変わらずの上手さです。というかもはや匠技です。

絵関連に関しても所謂萌えゲーとは少しずれた雰囲気ではあるのですが、それでもプレイしていくと思い入れが強くなり可愛く見えてきます。

さて長々と書いてきましたが核心となるシナリオの話をしましょう。

ここからはネタバレが存在する可能性が非常に高いです。

 

2.共通ルート

…さて何を語るべきか。

tone work'sの作品は比較的共通ルートが短いです。その分個別ルートが頭が狂っていると言いたくなるくらい長いです。今作もその傾向が存在しており、とある選択肢を選んだ瞬間につきかなの世界は大きく変化していきます。ただ今回面白いと思ったのはメイン3人の分岐の方法です。これに関しては後述します。

また今回はアフター編でもサブヒロイン達に分岐します。このためには主人公が後悔を振り切って前に自分の足で進むという流れで分岐するのですがここの分岐は少し雑目ですね…サブヒロインとはいえ少し残念です。

 

3.岬栞菜

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恐らく最も分岐方法がわかりやすく、下手をすれば一番最初に迷い込むことになるヒロインです。

ルートに関しては本当にサブヒロインか?と疑いたくなるくらい面白かったですね…夢を叶える難しさとそのために葛藤する流れは面白かったです。メイン組と比較してもやはり短い分関係性を深めるための物語は甘めになるのでは?と思っていたのですがかなり上手めに書けていたと思います。特に栞菜が恋に落ちていく栞奈の描写やどうして漫画家になろうと思ったかを語るシーンは非常に良かったです。

 

4.松宮霧子

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彼女のルートはシリアスな笑いがふんだんに散りばめられたルートです。本人たちはいたって真面目にしていることもその様子がどこかおかしくてコメディ調に書けていたのは上手いと思いました。特に終盤のちょっとしたシリアスシーンとその解決方法は正直笑いました。このルートでもやはり変化していく関係性の描写は非常に良かったです。ただの上司が想い人になるまでを上手く書ているのではないでしょうか?

 

5.月ヶ洞きらり

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やべえやつ。

只々やべえやつ。

物語自体も中々面白かったですね。彼女に関しては全ルートで出番があり、更に好き放題やりつくした後にカッコ良すぎる名言を残していたのですが、そんな彼女の哲学を描くという物がメインになっています。そんな彼女のために奔走する主人公と翻弄される主人公の二つの姿がお気に入りです。

6.倉橋聖衣良

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さてここからメインヒロイン組…と行きたいところですが、彼女は少し他のメイン組とは毛色が違います。彼女のルートではタイムスリップというギミックは用いられません。彼女のルートを一文で表現するとしてら「月の彼方にいる相手を追いかける物語」です。

学園編での大人に憧れる聖衣良とアフター編での夢に向かって走ろうとする姿を眩しく思う奏汰の対比は上手くできていたと思います。学園編とアフター編を繋ぎ、少しずつ積み重ねていく関係性を丁寧に描写していくという意味では最もtone work'sらしいルートとも言えるかもしれません。

ただ聖衣良とアフター編ヒロイン組に関してはそれ以上に大事な役割を個別ルートで果たしていきます。

7.新谷灯華

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 ではまずはセンターヒロインの灯華から。彼女の物語は「月の彼方に行ってしまった少女を迎えに行く物語」です。このルートは今作で一番タイムスリップというギミックを駆使していますね。

物語の本番は彼女のいなくなったアフター編がメインになり、恋愛要素は過去の主人公とのものがメインになるのですが、叶えられた願いとかなえられなかった願いの対比がすごく良かったですね…過去から届いた彼女からのメッセージを主人公が受け取るシーンはこの作品におけるタイムスリップのギミックを最大限に使い切ったからこそ生まれたシーンです。

ただtone work'sらしくない、これだけは明言しておきます。tone work'sと言えば積み重ねた時間の重さと深まる絆というものが一番に頭に浮かびます。このうち深まる絆という部分が少し軽視され気味ですね。ただ積み重ねた時間の重さはいつもとは違う形で活かされているのではないでしょうか。

また灯華以外のヒロインを上手く使っているのも良かったです。栞菜に関しては自分のルートの時よりも更に可愛く見えました。そして彼女達が魅力的に描かれるからこそ灯華への想いへの説得力に繋がっているのではないしょうか。ただその関係性の描き方の甘さは指摘せざる得ません。

8.佐倉雨音

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   次は公式から直々にラスト攻略を推奨された佐倉雨音です。彼女の物語は「月の彼方の人の想いを知るための物語」です。この子のルートはtone work'sの持ち味を活かした正統進化を経た物語ですね、時間共に変わっていく関係と深まる絆を非常に上手く書くことができています。

このルートだけある部分で特殊な構造となっており、ここでしか見ることができない人間関係も大きな特徴だと思います。ただこれはいい意味でも悪い意味でも影響が出ている印象が強く、きらり先生は終盤に少しだけ、他のヒロイン陣に至っては出てこない人たちが大半です。ここは少しもったいなかった。ただ独自の関係性を形成している部分は雨音自身が作り上げた人間関係という部分もあるのでそういう意味ではよかったかもしれません。

肝心のルートですが、亡くなった両親の想いを知るための物語となっています。この過程でタイムスリップというギミックの真相が語られますが…この事実はかなり大事な要素ですね。このことを知ったうえで他のルートに行くと結構エグイ真実が見えてきます。

そして雨音が可愛い!基本的に有能なんですけど ポンコツなところ学園編では結構出てきてそれが本当の可愛い。雨音とのやり取りのテンポは銀色、遥かの時と比較しても白矢たつき先生の成長が見え隠れします。

話の核に関してはかなりネタバレに触れるので書くことはできないのですが…タイムスリップというギミックが存在する世界で彼らが選んだ選択は良かったですね。tone work'sらしい選択だと思います。

9.日紫喜うぐいす

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 さて最後になりました日紫喜うぐいすです。彼女の物語は「月の彼方のその先で出会うための物語」です。さてTwitterを含め様々な場所で賛否を繰り広げているルートですね…私は好きですがやはりtone work'sの理念とはかなり離れたところにあると思います。どちらかと言えば新島夕や麻枝准といった他のブランドの面々が作る物語だと思います。まあライターが魁先生ですから当たり前ではありますが…過去作のそらや雛多のことを考えるとかなり攻めたと思います。ですが過去の記事でも書いた通りこれこそ魁先生の持ち味を活かした名ルートだと思います。

さて内容の方にも入っていきたいんですが…ネタバレしかありません。というか語りたいことはすべてネタバレです。なので昔懐かしの炙り出しをいれます。踏みたくない人は絶対に見ないでください。

…さて見てないよな?

まず色々ずるかったですね…恐らく作中一番最初に主人公を好きになった人物であり、主人公にとっても憧れの先輩です。物語の最大の軸は「普通に生きること」、この部分に何度も何度も泣かされました。不幸にしてしまうからと主人公の好意を受け入れられず、自分の病状を知ったうえでそれでも歩みたいと願う主人公と付き合い、傷つけてしまう恐怖に負けて別れを切り出し、それでもそばに居たいと思い先輩の願いを叶え続ける主人公と時間を重ねていく、これらの描写が本当に良かったです。

とにかく主人公がカッコ良かったですね…学園編もアフター編もどちらでも本当に。あなたの幸せのためなら何を犠牲にしてもいい、その一途な想いが眩しいまでに描かれています。二度目の告白もプロポーズもうぐいす先輩の心を溶かすために最善の言葉ばかりだと思います。そして賛否が大きく分かれている最後の選択も「普通」を願い続けた先輩のための選択と考えると否定は絶対にできません。

そして今作ナンバーワンでサブキャラクターの使い方が上手かったルートだと思います。メインとして日常を彩るのは円、賢斗、聖衣良、きらり先生の4人ですが…この4人を誰よりもうまく使いこなしていたのではないでしょか?雨音の友人コンビも良かったですがこのルートは正直さらに上に感じました(比較するものでもないですが)。そして聖衣良ときらり先生の現れるアフター編は本当に笑いと涙に満ちていたと思います。悲しみに負けそうになりながらも傍から絶対に離れることのなかった聖衣良と同じ作家だからこそぶつけることができた言葉を渡したきらり先生、どちらも本当に良かったです。

そして問題の最後の選択、これは確かにtone work'sらしくはないんですよ。でも大切な時間を積み重ね、恋人だけでなく友人達と深めたかけがえのない絆を描いたからこそどこまでも重い選択になったと思います。なによりあのLINEを送っている主人公が一番つらいはずですからね…ほんの少しの文にも関わらず嫌われる方法は簡単に分かったというテキストの重みは見事でした。

あの選択をした以上絶対にあの日々は戻ってきません。それに日々を重ねた喫茶店もありません。それでも彼らがまた出会い紡ぐ物語は今度こそ幸せに満ちた日々であってほしい、そう願わずにいられません。

ただ選んだ道に対する代償は描くべきだと思います。だから続きを書きましょう。この物語は閉じるには早すぎる。

10.終わりに

今作は本当に攻めた物語です。tone work'sらしくない要素はたくさんありますし、既存のファンからしたらがっかりした部分も多いかもしれません。

ただ物語のギミックを見つめなおすとtone work'sが大事にしてきたものをベースにしていることがわかります。

どうかその部分にも触れてほしい、そう願わずにいられません。

私個人の想いとしては令和最初の名作としてこの作品を心に残したい。

そう思わずにいられません。

 

FDはよ